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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第3節 Crazy or Crazy [14]




「中学の頃、付き合ってた子がいた」
 別の学校だったし部活もあったので、そうそうは会えなかった。会えなかったからこそ、会えると時が嬉しかった。
「でも、長くは続かなかった」
 あんな形で、別れがくるとは思わなかった。
 涼木には以前話したことがある。だから蔦の言葉にも、大した反応は見せない。
「浮気されたとか?」
 聡の言葉に首を振る。そうしてしばらく躊躇し、やがてゆっくりと口を開いた。
「万引き事件があったんだ」
 二人でスーパーへ行き、菓子を買った時のことだった。天気がよかったので、塾へ行く前に公園で食べようということになった。
「スーパーを出ると、すぐに店員が声をかけてきた。鞄の中身を見せてみろって」
 最初は、何を言っているのかわからなかった。だが彼女の鞄から、未払いのチョコレートの箱が、三箱出てきた。
「彼女は、万引きした覚えはないと言った。でも、未払いの菓子が鞄に入っていたのは事実だ」
 事の重大さに、二人とも怯えた。
「怖かった」
 蒼白する二人を見かね、警察には通報されなかった。だが親を呼ばれ、(とが)められた。

「私、やってないっ! ねっ 私チョコなんか取ってないわよねっ」

 (すが)るような彼女の言葉に、だが蔦は、何も言えなかった。
「彼女が万引きをするような人間だとは思わなかったけど、事実を突き付けられて、俺は何も言えなかった。ただ、怯えていただけだった」
 蔦の、彼女に対する想いが薄れることはなかった。だが、それから二人の間柄は、不自然なものになっていった。
「一ヶ月後に、別れ話を出された」
 場面がフラッシュバックしたのか、蔦はギュッと瞳を閉じる。

「だって蔦くん、私を疑うんだもん」
「疑ってなんかいないよ」
「じゃあなんであの時、この子は万引きなんかしてませんって、言ってくれなかったの?」

 責めるような瞳が、蔦の胸を貫く。


「俺は―――― (まも)れなかった」


 護ることも庇うことも、助けることもできなかった。
「彼女が本当に万引きをしたのかどうかはわからない。だが俺は、今度誰かを好きになったら、その時は、どんなコトがあっても味方になって護ろうと思った」
 そして高校に進学し、涼木と出会った。
 涼木は173cm。片や蔦は、166cm。
「別に私としては、気にしたこともなかったんだけどね。背の高さなんて、考えたこともなかったし」
 蔦は、小学生の頃からバスケットボールに没頭する少年。
「背の低さをあれこれ言われるのには、正直もう慣れっこになってたよ」
 だが、本人達はよくても、周囲が見逃してはくれない。
「もっとも身長なんて、ただの口実だったのかもしれないけどね」
「口実?」
 目をパチクリさせる聡に、涼木は(ゆる)く笑う。
「ほらっ ウチの学校に来る子って、やたらプライド高いでしょう? バスケ部員も同じ。だからさ、バスケでコウに敵わないのが癪だったのよ」
「たいして練習もしないクセに?」
「そういう、学校なのよ」
 そうして首を捻る。視線の先には、殴られて腫れた頬を濡れタオルで冷やす蔦。
「だっから、気にすんなって言ってるのに……… このバカッ!」
「……………」
 涼木の罵声にもムスッと下を向き、誰をも見ようとはしない。
「よりによって人を襲うだなんて、何考えてんのよっ!」
「じゃあ、どうすりゃあ良かったんだよっ」
「どうもするコトないでしょうっ」
「そんなワケいくかよっ」
「なんでよ?」
「なんでって…… お前なぁ」
 乗り出す蔦。
「お前がバカにされてて、俺が黙っていられるとでも思ってるのか?」
「そんなところでヒーローぶってもらったって、嬉しかないわよっ!」
 バンッとテーブルを叩いた拍子に、ガチャリとガラスのコップが揺れる。
「だいたい、やってるコトがメチャクチャじゃんっ! 何考えてんのよっ! 金本くんを取り込んでチームが勝てば、問題が解決するとでも思ってるワケっ?」
 さらに語気を強める涼木に、瑠駆真が慌てて腰を浮かせる。
「まぁまぁ」
 辺りへ視線を配りながら、なんとか宥める。
 家族連れや他校の生徒で賑わうファミレスの片隅。唐渓の生徒は、ファミレスなどは使わない。だから、他の生徒に出くわす可能性はほとんどないと、思われる。







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